北条時頼ゆかりの寺  真言宗 如意山 最明寺 
(相州善光寺)

First upload  平成14年4月21日(施餓鬼供養)平成22年10月8日一部改訂

相州善光寺のいわれとあらまし

 この寺は、承久三年(AC.1221)に、伊豆山の浄蓮上人源延がはじめて建てました。上人は保元元年に生まれ、僧となって天台の澄憲の門に入り、壮年のころは、信州平瀬の法住寺で、味岡御房忠済について台密の法を残すところなく学んだのであります。頼朝の信頼厚く、後、伊豆山に移り住みましたが、ここには石橋山の合戦に参加した父、加藤五景員が出家していました。北条政子も難を避けてここにいました。その後、実朝の頃、幕府に出て、浄遍とともに法華浄土の講義をし、三浦義村が営んだ義時の追善供養の導師などして、ついに伊豆山を管領することになりました。このうち寛喜元年の春彼岸の中日に、義村のために三浦三崎の津で行った阿弥陀来迎の儀式は盛大を極めました。義村はこの儀式を行うのに将軍頼経の夫人や北条泰時の夫人を招いて、かねて設けられた十余の船に、二十五菩薩来迎の儀式をかめて、音楽を奏しながら島々を漕ぎ回ったといいます。これとあい前後して上人は、頼朝の幕下にある大庭景義の領地、松田の山頂に一宇の寺を建てて西明寺と名付けました。
 そのころ、上人は極楽浄土をねがうこころあつく、法然上人とも交わり、特にその晩年には、信州善光寺の如来をふかく信じて、毎年二度三度と参詣を重ねていました。ところが、或る夜「おまえの往生はきまっている。それよりも、はやくわが形をうつして末の世の人をたすけよ」と善光寺の如来の夢告げがありました。また善光寺の住僧二人も同じ夢告げを受けたので、善光寺では不思議なこともあるものだと、使僧を相模の国松田荘の西明寺にさし向けました。おりあしく上人は、そのとき、駿河の国の智満寺へ、曼陀羅供養の導師にたのまれて不在でありました。使者ははるばると、島田の奥にある智満寺までたずねて行き、この由を上人に告げたところ、あまりの不思議さに、「あれは、霊夢であったのだ」と,使いに伴って信州へまいり、善光寺の御すがたをうつしました。この御すがたをもとにして、越前の海縄という人にたのんで、金銅の善光寺如来一光三尊の像を鋳造いたしました。承久三年二月十五日と伝えます。これが現在安置してあります尊像であります。第二世覚阿上人のとき、北条時頼は、西明寺の境内が、西方極楽をねがうに、すぐれた土地であるのに感じて、中国からもたらされた仏舎利を寺のしずめとし、伽藍をたて、寺領千五百石をよせて保護いたしましたが、応仁、文明の大乱のため寺はそののち、まったくおとろえてしまいました。
 そこで、鎌倉八正寺の宮、尊賢親王は、弟子の賢昌に命じて、寺の復興をはかったけれども、松田の寺地は、人馬ともに困窮するので、寺を金子の地に移すこととし、文明二年(1470)に、とうとう、向原の代官と共に現在の地に移ってきましたが、北条綱成が天正年間に、寺の保護をはかって、寺領や境内のきまりをつけてくれるまでは、名ばかりの寺でありました。
 元和八年(1622)に関東古義真言宗法談所の列に加わり、寛永十年には末寺十六ヶ寺をもつ、西湘有数の寺になるまでに、伊豆山から来た秀海、聖応等の住持が、新たに裏山を削って地形をととのえ、本堂を建て、山門をかまえ、梵鐘を鋳造し、本尊に不動明王を安置し、寺を
如意山蓮花王院最明寺とあらためました。

   (・・・・ 第三十八世 宥雄 文より)




山門と鐘楼

相州善光寺

北条時頼像 木造 十四世紀 神奈川県大井松田 最明寺所蔵
最明寺の開基、五代執権北条時頼(1227〜63)と伝えられる肖像彫刻。
檜の寄木造で、玉眼がはめられ、彩色されている。現状の玉眼と彩色は後補であるが、面部の彫りは丁寧で、張りのある顔にやや吊り上がった目を見開き、鼻筋が通っていて、薄い唇を引き結んだ姿に表されている。服装は自然な膨らみを感じさせる表現となっており、券纓の冠を被り笏をもつ、衣冠束帯の姿に表されていて、意志的な若々しい感じのする像である。

神奈川県金沢文庫「北条実時展」平成13年出展時の説文より


最明寺の四季


建設中の経蔵・客殿の概要

      客殿        本堂(既存)   善光寺堂(既存)  経蔵

平成13年 4月〜9月 設計及び確認申請
      9月上旬  施工業者選定
      10月 9日 現場説明
     10月19日 見積合せ執行
     12月10日 寺 古木杉利用
              のため伐採
     12月12日 工事請負契約
     12月15日 地鎮祭

平成14年 1月31日 客殿基礎コンクリート打設
       3月16日 経蔵基礎コンクリート打設
       4月13日 経蔵躯体コンクリート打設
      4月30日 上棟式
平成14年 11月末  完成(予定)

設計監理:(株)横浜建築研究所

施工:日本建材工業(株)




上棟式の様子

落慶式の様子

場 所:神奈川県足柄上郡大井町金子3,315               

交 通:東名高速 大井松田インター小田原方面下りる 金子交差点 約三分

小田急 松田駅下車 バス               

JR御殿場線 相模金子駅 徒歩15分          

HP管理責任者 (株)横浜建築研究所 松島仁之 matusima@yokoken.co.jp 

 元に戻る