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(相州善光寺) |
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この寺は、承久三年(AC.1221)に、伊豆山の浄蓮上人源延がはじめて建てました。上人は保元元年に生まれ、僧となって天台の澄憲の門に入り、壮年のころは、信州平瀬の法住寺で、味岡御房忠済について台密の法を残すところなく学んだのであります。頼朝の信頼厚く、後、伊豆山に移り住みましたが、ここには石橋山の合戦に参加した父、加藤五景員が出家していました。北条政子も難を避けてここにいました。その後、実朝の頃、幕府に出て、浄遍とともに法華浄土の講義をし、三浦義村が営んだ義時の追善供養の導師などして、ついに伊豆山を管領することになりました。このうち寛喜元年の春彼岸の中日に、義村のために三浦三崎の津で行った阿弥陀来迎の儀式は盛大を極めました。義村はこの儀式を行うのに将軍頼経の夫人や北条泰時の夫人を招いて、かねて設けられた十余の船に、二十五菩薩来迎の儀式をかめて、音楽を奏しながら島々を漕ぎ回ったといいます。これとあい前後して上人は、頼朝の幕下にある大庭景義の領地、松田の山頂に一宇の寺を建てて西明寺と名付けました。 (・・・・ 第三十八世 宥雄 文より) |
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北条時頼像 木造 十四世紀
神奈川県大井松田 最明寺所蔵 神奈川県金沢文庫「北条実時展」平成13年出展時の説文より |
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客殿 本堂(既存) 善光寺堂(既存) 経蔵 | |
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平成13年 4月〜9月 設計及び確認申請 |
平成14年
1月31日 客殿基礎コンクリート打設 |
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設計監理:(株)横浜建築研究所 |
施工:日本建材工業(株) |
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